担当科目(平成27年度)
1. 東京大学
- 言語情報科学演習 I, II(大学院総合文化研究科・言語情報科学専攻):音韻論・形態論に関する演習を行い,同時に論文作成の指導を行う。II では1年次の演習を踏まえ,音韻論・形態論に関する個別のテーマを取り上げて演習を行い,同時に修士論文作成の指導を行う。
- 言語情報科学特別演習 I, II(大学院総合文化研究科・言語情報科学専攻):音韻論・形態論に関する演習を行い,同時に論文作成の指導を行う。II では1年次の演習を踏まえ,音韻論・形態論に関する個別のテーマを取り上げて演習を行い,同時に博士論文作成の指導を行う。
- 言語科学基礎理論演習V(大学院総合文化研究科・言語情報科学専攻)(講義題目:日本語アクセントの平板化現象):平板式アクセントは日本語の文法大系固有のもので、もともとの和語「姉」「桜」「丼」のほか、漢語「音韻」「東京」「平成」だけでなく外来語「ガラス」「アメリカ」「アルコール」にも適用されるなど、広く見られるアクセント型である。
この現象が面白いのは,音韻理論から見て,いくつかの重要な問題を提起するからである。まずは、内容語に関して無アクセント語を許容しない西洋諸語に対して,そもそもなぜ日本語は無アクセントたる平板式アクセントを許容するのかという問題である。もう1つは、もともとの語彙だけでなく派生により導かれる音韻過程において、なぜ平板式アクセントがかくも生産的なのかという問題である。つまり、平板式アクセントは日本語にとって無標性の表出(The Emergence of the Unmarked)を示唆する現象であり、この観点からの解明が前者の問題の解決にもつながる可能性が高い。
たとえば、「太陽」「系」「風土」「病」はアクセントのある起伏式の語であるが,複合語化すると「太陽系」「風土病」のように平板化する。「黒」「猫」「都市」「ガス」も同様に起伏式アクセントであるが,「黒猫」「都市ガス」などの複合語では平板化する。ほかにも,起伏式単純語の「ハンカチーフ」「バーテンダー」は省略されると「ハンカチ」「バーテン」のように平板化するし,起伏式複合語の「パーソナルコンピューター」「ワードプロセッサー」も省略複合語になると「パソコン」「ワープロ」と平板化される。
ここには2つの要因が関わると指摘されてきた。1つは形態的要因で、「系」「病」などはアクセントを消失させる平板化形態素だという説である。「太陽系」「風土病」に対し,「太陽族」「風土面」では起伏式アクセントの複合語が作られるからである。もう1つは音韻的要因で、4モーラの謎と呼ばれるものである。「黒猫」「都市ガス」「ハンカチ」「バーテン」「パソコン」「ワープロ」はすべて4モーラであったが、複合語「ペルシャ猫」「LPガス」、省略単純語「スト(ライキ)」「ダイヤ(モンド)」、省略複合語「テレ(フォン)カ(ード)」「プラ(スチック)モ(デル)」などの4モーラ以外の語ではアクセントが現れる。
なぜ4モーラ語が平板化するのか?この授業では、Ito and Mester (2015; To appear in Linguistic Inquiry) “Unaccentedness in Japanese”を読み解きつつ,他の形態的・音韻的要因をも合わせて,この問題を考えてみたい。
授業の進め方としては,受講者の担当によるセクションごとの内容紹介に基づいて読み進め,適宜補足やディスカッションを行なう。また,最終課題として,論文全体の中からあるトピックを取り上げ,それについての自らの考えをまとめたレポートを提出してもらう。
積極的な参加や発言,演習(内容紹介),最終課題(レポート)を総合的に評価する。
- 言語の認知科学III(教養学部・学際言語科学コース)(講義題目:最適性理論入門):「脳」という連続的な動的システムに関する神経ネットワークの理論と、「こころ」という離散的な記号の演算システムに関する形式理論の間には、その性質の違いから埋め難い溝がこれまであり、没交渉が続いた。しかし、「最適化」という概念によってその溝を埋めて両者を統合しつつ、「こころ」の中でも特に言語の問題に応用してメジャーな言語理論の1つとなったのが、1993年に登場した最適性理論である。
この授業では、その画期的な“happy marriage”がどのような基盤によって成り立つのかを概観したことで1997年にScience誌に掲載された、アラン・プリンスとポールス・スモレンスキーによる論文“Optimality: From Neural Networks to Universal Grammar”を読む。
認知科学上の理論がいかに言語の問題に応用され得るのか、あるいは逆に、言語理論がいかなる認知的基盤によって成り立っているのかを理解するのか目標である。
授業の進め方としては、最初のうちは教員が講義形式で進めていくが、慣れて来たところで受講者による演習形式(分担による発表形式)を採用し、セクションごとの流れやポイントを内容紹介してもらいながら、適宜補足やディスカッションを行なう。
なお、論文自体は抽象的な概説から成り立っているので、適宜プリントによって言語学の具体的事例の観察や分析を紹介しながら、この理論がどのように応用され得るのかを具体的にイメージできる形で議論を進めていきたい。
評価は,出席や発言など授業への積極性50%,演習(発表)50%として総合的に行なう。
- 英語R(教養学部・教養学科)(講義題目:未来学入門):ここでいう「未来学」とは,未来と向き合うために教養人としてどのように現在を生きたら良いかに関わる見識を指す。現在の傾向から未来の状態を予測する通常の未来学と違って,逆に想定される未来をもたらすには今どうあるべきかを考える backcasting の手法である。また,社会全体の体制がどうあるべきかではなく,それを構成する個人の内面を問題とする。科学者のモラルが大いに問われる昨今,教養人が当然知っておいてよい見識である。
この授業では,数学者・生物学者・科学哲学者であるJ.Bronowskiの著書A Sense of the Future (1977, MIT Press)に所収された5つのエッセーを読み,そうした「未来学」のイロハを学びつつ,未来への向き合い方と現在の生き方を考えていきたい。扱うテーマは,“A Sense of the Future”(未来と向き合う感覚),“The Creative Process”(創造のプロセス),“On Art and Science”(芸術と科学について),“The Reach of Imagination”(想像力が及ぶ範囲),“The Logic of Nature”(自然の論理)の5つであり,こうした見識は当然ながら文理の垣根などない。また,やや古い著書ではあるが色褪せることもなく,古くて新しい普遍的なテーマを掘り起こす意味がある。
授業の進め方としては,上記5つのテーマ(正味40ページ)について,受講者の担当によるパラグラフごとの内容紹介に基づいて読み進め,適宜補足やディスカッションを行なう。また,最終課題として,5つのテーマから1つを選び,そのテーマ全体の要約とそれについての自らの考えを総合的にまとめた英文レポートを提出してもらう。
積極的な参加や発言,演習(内容紹介),最終課題(レポート)を総合的に評価する。
2. 東大(本郷)
- 英米文学特殊講義(大学院人文社会系研究科/文学部・英語英米文学研究室)
(講義題目:借入語音韻論(Loanword Phonology)):借入語受容 (loanword adaptation)のプロセスは,音声学・音韻論・形態論を巻き込みつつ,様々に骨の折れる言語学上重要な問題を含んでいる。まずは当然のこととして,借入元言語の異質な音形が借入先言語の音韻体系に同化されて受容されるわけだから,このプロセス自体が当該言語の音韻体系を映し出す鏡となり,どのような音韻的・形態的制約からなる文法を持つのかが問題となる。借入先言語の「音韻・形態的制約の問題」である。
しかし,形式理論上,もっと根源的な問題もある。まずは「文法の入力形の問題」。つまり,異質な音形を適格な音形へと変換する文法があったとしても,その入力形が実際に発せられた音であるとは限らない。なぜなら,借入先の言語を聞いたことがなくとも借入語の文法は当該言語の話者の頭の中に存在し得るからである。したがって,耳で聞くか否かを問わない(または両方を含んだ)入力形の設定が問題となる。さらには,全体的なプロセスとして,音声知覚から音韻体系への変換をどのようにモデル化するかという「借入プロセスのモデルの問題」もある。
このような問題を考えるにあたって,この授業ではMutsukawa (2009)のJapanese Loanword Phonology (Hituzi Syobo Publishing)を取り上げ,その内容を建設的または批判的に検討する。つまり,英語から日本語への借入語受容を題材として,1)日本語の「音韻・形態的制約の問題」,2)借入プロセスにおける「文法の入力形の問題」,3)「借入プロセスのモデルの問題」を考察する。
授業の進め方としては,受講者の担当によるセクションごとの内容紹介に基づいて読み進め,適宜補足やディスカッションを行なう。また,最終課題として,論文全体の中からあるトピックを取り上げ,それについての自らの考えをまとめたレポートを提出してもらう。
積極的な参加や発言,演習(内容紹介),最終課題(レポート)を総合的に評価する。
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